ズートピア2

映画を観、思いを致す

本作が多様性の大切さを訴えていることは、ほとんどの観客にも分かるはずだ。
おそらく子どものほとんどにも。

私は見終わって、子ども向けのアニメで多様性を訴える時代が来ているのだなあ、と思った。

多様性、つまりダイバーシティは、私たちの周りにあふれている。
国、民族、文化、宗教、信条、政治。
肌の色から言葉、性別まで、私たちの身近には、さまざまな人を見かけるのが当たり前になっている。

一方でインターネットの世界に入れば、世界各国の情報が、ファクトもフェイクも、陰謀論もメディア報道も、真偽が混じり合ったまま氾濫している。

そうした中で、子どもだからと情報を遮断することはもう不可能だ。
本作の中にも当たり前のように情報メディアが頻出する。zoogleにzootube、メッセンジャーアプリの画面が出て、登場動物たちがそれらを普段使いの道具として扱う。

もうテクノロジーは前提であり、テクノロジーありきの世界線の上で本作は展開する。
あらゆる情報や価値観があふれ、その中から子どもであろうと取捨選択しなければならない時代。
自分が大切にする価値は、誰かにとっては許せない対象かもしれない。逆に、自分が受け入れられない何かは、どこかの誰かにとってかけがえのない大切なものかもしれない。

そのことに想像を働かせ、他人の価値観を否定しないこと。それがダイバーシティ、多様性だ。

多様な動物たちが共生する世界は、多様な人々が共生する世界でもある。人は、姿形がまったく違う動物たちの差に比べると、姿形が似通っている。動物たちよりも人同士のほうが簡単に共生できるはず。
なのに、それができないのが人のサガ。

本作は、ウォルト・ディズニー・スタジオにとって初の長編アニメ『白雪姫』から数えて64作目の長編アニメだそうだ。
『白雪姫』が封切られた1937年から90年近くが経ち、社会のあり方も随分と変わった。
白人至上主義者との非難が絶えなかったウォルト・ディズニーの起こしたスタジオも、今や多様性を打ち出す時代となった。ある意味で牧歌的とも言える『白雪姫』の世界は、隔絶された理想の世界でもある。分かりやすい悪役がいて、その悪役がいなくなりさえすればハッピーエンドに終わる。
もうそんな分かりやすい世界観は、今の子どもたちには通用しない。世界にはさまざまな利害関係が入り組んでいて、思っている以上に世の中とは複雑で一筋縄ではいかないものだ、と子どもたちは知ってしまっている。

多分、私たちの社会は情報や技術の広がりによって複雑になったが、それだけ成熟してきたのだろう。

一方、本作には多様性に相反する人間の弱さが描かれている。
その弱さとは、「人と同じ」を求める弱さだ。オオヤマネコのパウバート・リンクスリーが、その弱さに負け、同じ仲間への帰属意識に頼る姿が描かれている。

同じ仲間で群れる傾向は、動物だけでなく、私たちにも備わっている本能である。ただ、それが同調圧力に変化すると、生きづらくなる。また、群れてお互いのパーソナルスペースが狭まると、それだけで苦しくなってしまう。そのため、群れの中の適度な間隔を確保するため、縄張りを広げたくなる。
リンクスリー一族が縄張りを広げようとするのも、その本能に基づいているのだろう。縄張りを広げることは別の誰かの縄張りを侵すことであり、その結果、相手の権利も心証も侵害する。そうした侵害を正当化するため、過去の出来事を改変し、歴史を変えてしまおうとすることも、人がやりがちな過ちである。
今、領土拡張の争いが世界のどこかで悲劇を呼んでいる。歴史認識の問題が鉄板ネタのようにメディアを騒がせる。これもまた、歴史を少し学ぶと見えてくる矛盾だ。
多様性が大切と言いながら、それとは逆の行動をするのが人のサガ。

本作の最後のほうでニックが言っていたように、違いを埋めようとするのではなく、まず話し合って理解し合いましょう。お互いの違いを多様性として認め合いましょう。それが本作のメッセージである。

本作のタイトルにも含まれる「トピア」とは、ギリシャ語で場所を意味する言葉だが、ユートピア、つまり理想郷の意味も込められていることは明確である。つまり動物たちの楽園。
まったく違う動物たちが、それぞれの違いを受け入れ、認め合い、一つの場所として維持し続けるための意思。それが楽園が成り立つための条件である。誰かがルールを、例えばリンクスリー一家のように自分たちのために都合よくねじ曲げようとすると、途端に楽園は破綻する。

これだけ情報があふれ、お互いの価値観の違いを認め合おう、持続的な地球に、理想郷ユートピアにしていきましょう、と叫ばれているにもかかわらず、人はまだ争いを続けている。メンツや領土、食糧や信教の違いによって。
だからこそ、子どもたちには、動物たちのように多様性を認め合おうよ、ということだろう。

前作、つまり『ズートピア』は、テレビでやっていたのを少しだけ見たことがある。その時も主役の二人の価値観のぶつかり合いと和解がテーマだったと見た覚えがある。
本作は普通に楽しめたが、それでも多様性を訴えるメッセージが前に出ていて、説教くさく思えたのも確かだ。

‘2026/1/3 イオンシネマ新百合ヶ丘

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